島の大きさと距離感がまったくつかめないために早起きして出かける事にする。
AM7:00にはすでに朝食会場にいたわけだから、いつもの出張よりも早起きw
まずはここから一番近いと思われる
「旧海軍司令部壕」へ向かう。
「朝からいきなりそれかい!」というツッコミは置いといてw
レンタカーに付いていたカーナビ(沖縄ではデフォルトの様だ)に行き先登録して
クルマを走らせていると、街はどうやら通勤時間帯。
ゆったりとしたクルマの流れに慣れることがまず難しい関西人。
まずは窓を全開にして、腕をクルマの外に投げ出してみた。
(↑現地の方はこうやってクルマに乗っている人スゴク多いのだ)
するとAM8:00には旧海軍司令部壕へ到着してしまう。
ここの開館はAM8:30からなので、しばし公園内をウロウロしてみる。
供養塔。
もともと海軍というのは司令室って船の上にあるもんなのですが
追いつめられた戦況の下では、こうやって山の中に壕を掘って
そこで時間稼ぎをするしかなかったという。。。。。。。
展示物をいろいろ見た後に、いよいよ壕内部へ。
上から延々と階段を下りた後にたどり着く壕内部。
しかも全部、手作業で掘るしかなかったらしい。
下士官室では全員立ったまま眠り、この通路すべてに負傷兵が横たわっていたとか。
幕僚室に入ってみると、壁に説明書きがしてある。
「この壁の傷は自決した際の手榴弾のカケラが付けたものです」
・・・・・・・ここで?この今、オレラが立っている所で?
さすがに写真は撮れなかった・・・・・・・・・・・・・・・
司令官室では太田少将が自決する寸前に壁に書き残した辞世の句があった。
さすがにあれから60年以上経過しているので消えかかってはいるが
戦争を知らない我々にも強烈なメッセージを送りつづけていると言えよう。
ここ、沖縄は
本土決戦の準備の為に、大本営から時間稼ぎをさせられたという歴史があるのだ。
そういう認識があった上で、遊びだバカンスだと騒いでほしいものだと思うのですよ。
さて、ここを出て次に向かったのは
「ひめゆりの塔」。

この「ひめゆりの塔」についての
詳細はこちら(Wikipedia)
ガイドブックには「今でもこの慰霊碑には献花が絶えません」と書いてあったが
「入り口で売っている花を買わないと中に入れない雰囲気ができあがっている」と言えよう(笑)
もちろん、慰霊の気持ちを込めて嫁さんと二人分の花を買って献花した。
慰霊碑の真下に今でも広がるガマ(壕)。
ここで生き残った人は11名。(そのうち女学生は5名)
すぐ近くにある資料館では、生き残った女学生の一人がおばぁになった今でも
語り部として、訪れた人に当時の話をしてくれる。
ただ見るだけ、とは違い本人の体験談を直接聞くのはやはり生々しい。
この「ひめゆりの塔」を出て、次に向かったのが南にある
「喜屋武岬」。
首里を占領してそこから南下したアメリカ軍は、先ほどの「ひめゆりの塔」を経て
この岬にまで軍人、および民間人を追いつめた。
当時、
「生きて虜囚の辱めを受けず」という教育を受けていた日本人は捕虜になる事を選ばず
この岬から次々と身を投げて行ったのだという。
ここにも慰霊碑が。
ここに偶然訪れていたおじいちゃんは
「戦時中、もし配置変えがなかったらワシもここで死んでいたと思う」と言っていた。
あらゆる場所の戦跡に行ったけども、やはり沖縄が一番生々しい。。。。。。
さて、「社会見学」の様な我々の沖縄の旅ですが(笑)
ここらで少し海でも見ようじゃないか、と高速道路で一気に北へ。
昨日、予定していた
「海中道路」へ向かうためだ。
途中のPAで昼食を取った後、沖縄北I.C.を抜けて海中道路方面へ。
この時点で、まだ昼過ぎ(笑)
予想していたより意外と小さいんだな、沖縄って・・・・・・
沖縄の距離感がだいぶつかめてきたと思う。
海中道路上から見た海。あいにくの曇り空だが。。。。

海はキレイだ!!!
途中にある公園みたいなトコでクルマを降りて、海に近づいてみた。
その際、コケのせいで久し振りに思いっきり滑って転ぶ(笑)
尻を強打してしまい、嫁には爆笑される(泣)
海中道路を抜けて、しばらく走っていくと緑色の屋根の変わった建物が・・・・
そこには
「ハルの店」という直球なネーミングが書いてあり、おもしろそうだから寄ってみた。
中から出てきたのは可愛らしい「ハルおばぁ」。
アルゼンチン帰りの93歳のおばぁちゃん。
お店はこのあたりの集落のコンビニ代わりになっているらしい。
いろいろとお話をして楽しい時間を過ごした。
このあたりの家の造り。

南国特有の平屋建てだ。
さて、まだ夕方前なのに予定のプランを終えてしまった我々。
ここで
「コザ」と言われる沖縄市へ向かってみる事にした。
ここは沖縄、ゲート通り。

大音量で音楽が鳴り響くお店。普通の日本人の感覚とは違う。
英語の記述が目立ちます。

それもそのはず、この通りに沿って歩いていくと米軍基地へのゲートがあるのだ。
迷彩服着た軍人さんもいっぱい歩いていた。
ここからメインの国道である58号線に抜けて南下。
FMから流れる曲が退屈で退屈で・・・・・・・・
iPodを持ってきているものの、レンタカーには外部入力端子が付いていない・・・
たまりかねてオートバックスに立ち寄り、FMトランスミッターを購入。
確かにiPodを鳴らすことはできるんだが、音質が・・・・・
それでも好きな曲を聴けるだけマシ、と思って我慢する事にする。
美浜にあるカーニバルパークにも寄っては見たものの、買い物になぞ全く興味ないために
トイレだけ行って素通り。
ここから運転を嫁さんに代わってもらい、オレは爆睡に入った・・・・・
目覚めるともうホテルの駐車場。時間はまだ午後6時。
「どっか適当に走るか~」と行く先を
アウトレットモール「あしびな~」に設定。
そこにたどり着いたのだが、なんとなく中に入る事がめんどくさくなり
「どーせ、何も買うもんないやろーしなあ」と建物だけ見てスルー。
ホテルに戻ってからモノレールで国際通りへ。
今回の晩飯は「てぃだ」という食堂みたいなトコ。
調子に乗って「オリオンビール」の中ジョッキを頼んでみた。確かにおいしかった!
「おおー、オレもビール呑めるようになったやん~」と気勢をあげてみたものの、
襲い来る強烈な倦怠感!!そして体温上昇!!
もう酒なんて絶対呑まねえ。
ベンチで座って休みながら取った写真。
ホテルにはタクシーで帰って
5秒後には爆睡した沖縄2日目でした・・・・
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ガマの中にも特別に入れてもろて当時の状況を想像して涙しました。
ひめゆりの塔で更に涙した記憶あり。
もっと真剣に考えなきゃと思いました。
日本で唯一地上戦がおこなわれた沖縄。
いつかまた俺が沖縄行くとき間違いなくGakuさんと同じコースを巡ると思います。
旧海軍司令部、そんな場所あるんですね、知らんかった。
ひめゆりの塔、喜屋武岬、あのなんともいえない独特な雰囲気は前行った時から10年以上たっても忘れられませんわ。
あ、そうそう国際通りにアクロバッティングなステーキ屋あったけど、名前忘れてしまった。
まだあるんかなぁ。。
いろんな才能\や細やかな心配りの出来るはじけるギタリスト♪ガクさん
お誕生日おめでとうございます!
沖縄で迎えるHAPPY BIRTHDAY!なんて素敵☆
誕生日旅行も兼ねてたのね?
素晴らしい!
又話聞かせてもらうよ!
とりあえず・・・
おめれとはんれす!
あのガマの中に入ったんですか?そりゃすげえ・・・・
資料館に原寸大のジオラマありましたが
あの中でガス弾とか放り込まれたら・・・・考えただけでも怖いですね・・・
>尚人
乙~!
「旧海軍司令部壕」は現地に行って初めてあることを知ったのよ。
今回、一番心に残ったかもしれない場所だった。
ああいった壕が50箇所ほど沖縄には残っているらしいんだが
全部保存するとなると大変らしいよ。
アクロバティックなステーキ屋はいっぱいあるよ。
「サムズ」とか「オーキードーキー」とか。
尚人が行ったのはどこなんだろね~。
この時期なら3泊4日、レンタカー付きで30000でおつり来るよ(笑)
>スイーツさん、Akiraアニキ
誕生日おめでとうカキコ、ありがとうございますm(_ _\"m)
たまたま誕生日が重なっただけですよ(笑)
航空会社、例の誕生日割引やめてけつかるし(泣)