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教育というモノについて考えてみる

先日、晩飯食うてるときに何気なくテレビつけたら細木数子氏が出ていた。
「幸せって何だっけ大反響!!細木VS母子50人これが真の子供教育だ2 」って番組だったと思う。

オレは基本的にこのオバチャン、あんま好きじゃないですが
意外とまともな事も言うんだなあと感心してしまった。

(ちなみに細木氏は陽明学者、安岡正篤氏の妻である。
 安岡氏が死去したため実質の結婚生活は10ヶ月だったらしいが。
 安岡氏はポツダム宣言受諾時の玉音放送の草案に加筆したり、また、戦後の自民党政治のご意見番だった。)


番組では「ゆとり教育」についてのトークや、母子50人と共に授業したりとかしてた。
まあ、ちょい昔ならこのポジションってサッチーとか浅香光代のポジションだったんだろうなあ(笑)
やっぱ、占い関連で実績を残しているってのはデカイんだろうな。
母子合同授業の場面なんかは、ホント、いいおばあちゃんって感じでしたな(笑)
「ちゃんと服たため!」とかあーいう口うるさい人ってのは必要だね。
核家族化が進んだ昨今では難しいかもしれないけど、
しかり方がワカンネ、とかのたまう母親がテレビにのうのうと出てくる時代だしな。
核家族化が進んだ結果として、こういうしつけの部分が母親の負担になってるのかもね。
んまあ、でもそりゃ人それぞれ。
別にじーちゃん、ばーちゃんいなくてもちゃんとしつけしてる人いっぱいいるし(笑)
最近、できねーヤツを持ち上げる風潮が多いからなあ、マスコミは。

さて。
今日の「妄想バカコラム」は何を書きたいかといえば・・・・・・
オレはこの「ゆとり教育」って言葉、大ッキライなんです。

甥っ子の通知票見せてもろたら、数字で評価がついてませんでした。
固定の文章が数種類用意してあって、それにマルがついてた。
「もうすこしがんばりましょう」とかそんなんではなくてすげえ抽象的な文章
つーか、どれが5でどれが1なんかさっぱワカランのです。
どれにマルついていても、全て良いことしか書いとらんのです!
最近はこうなってるみたいですな。オレラの時と違って。
こんなもん、子供が見て理解できんのか?自分の実力を。

過去日記で
「Aクラス、Bクラスって分け方が差別になるかもなので、すこやかクラスとのんびりクラスに分けてとか・・」
って考えているだけで実際に運営していくのが難しい、という学校があると書いた。

ごちゃごちゃ難しい事書いても仕方ない。
一番、簡単な言葉でオレなりに言うとですな。


「アホにアホって言えない世界ってどう考えてもおかしい」


って事ですよ。

アホには「オマエアホやねんからもうちょいがんばれよ」となんで言うたらあかんねん?
ブサイクには「おまえ、ブサイクやなあ」って言うたったらええやんけ。
アホ、って言われるから「ああ、オレアホなんか。もうちょいがんばろ」って思うわけですよ。
ブサイクって言われるから人間、努力しようかなって思うわけですよ。
なんでそんなにガキに気使わなあきまへんの?

どうせオトナになったら、誰かに評価されて生きて行くのが世の常ですよ。
そういう世界になっとるんですよ。オトナの世界ってやつは。
だったらなんでそんな「すこやか」とか問題のすり替えをやるんでしょうか。
どうせ数年したら「受験」ってふるいにかけられるんちゃうんかい、と。
だったら早い時からたたきこんどいたった方が免疫つくんちゃうんかい。

順番つける事が差別やっていうんやったら、受験自体がもう矛盾しとるやん。
子供の身になってホンマに考えてるんやったら早いことアホにはアホや!って言うのが
教育者(親)のつとめやないんかいと思いますわ。

大体、子供なんかサルと同じやねんから、どついたったらええんですよ。
オレもそうされて育ちましたから。
オカンに掃除機でフルスイングでどつかれましたし(笑)
アタマから血出てもドカドカしばいてきよったもん。
でもそこには「愛情」ってもんがあるからそれで成り立つわけで。
それでオカン殺したろ、とか全然思わんかったもんな。
ああ、オレが悪いことしたんやなあ、ってどつかれて初めて理解するんですわ。
サルに対して理屈つめこんだって理解でけへんのですよ。だってサルやねんから(笑)

オレがサルと違う人間だったって事の証拠は「学習」できたって事です。
物事の本質を曲げることなくドカーーンとたたき込まれてやっと学習できるってわけです。

細木氏は「ゆとり=余裕で、目一杯がんばった人だけの特権」と番組で言っていた。
オレはこれには同感。
詰め込まれるだけ詰めこまれて初めて得意なもの苦手なものってのが理解できるんではないのか。
好きなモノだけ選んでそれがのばせるかってそんなバカな話はねえんだよ(笑)

この手の話題でいつも出てくるのが
「世界でひとつだけの花」である(笑)
オレはこの歌、死ぬほどキライだ。

いや、歌自体はきらいじゃねえわ。
この歌をこれでもかと振りかざすヤカラが大嫌いなんですよ。

そりゃ歌詞の解釈なんて人それぞれだから意見はあるだろうが、
「No.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one 」
この歌詞を「嫌いなもんはやらんでいい」と曲解してる人が多いと思うんですな。
「努力放棄のアンセム」みたいな扱いとか、このフレーズ自体が逃げ場になってる人多いのですよ。

この歌詞にはこういうフレーズがある。
「花屋の店先に並んだ  いろんな花を見ていた」
「頑張って咲いた花はどれもきれいだから仕方ないね」

というこの二つからオレは感じるモノがあるのです。

花屋の店先にならぶまでどれだけの選別、そして生産者の努力がなされているかって事ですよ。
道ばたで生えとるモン抜いてきてそれが商品になんてならんのです。
頑張って咲いた花、なんですよ。ここにでてくる「花」ってのは。

咲く努力すら放棄しとる連中にオンリーワンなんてセリフを吐く資格なんてねえと、オレは思うのですよ。

生花業界っていう枠のなかでがんばりにがんばりぬいた花だけが
「No.1にならなくていい。もともと特別なオンリーワン」というセリフを言う資格がある、ってのが
オレなりのこの曲の解釈です。

これって細木氏の「ゆとり=余裕で、目一杯がんばった人だけの特権」に通じるもんがあると思う。
だって、オレラが生きてる現実って競争社会だもんな。
夢ばっか見て生きていけるほど甘くねえもん、実際は。
理想郷の姿ばっか夢想して現実とずれた能書きたれてては食っていけんのが現実ですから。

だからそれを「すこやか」とか言って問題すりかえてても
選別される時期ってのはたった数年で訪れるわけですよ。

オレはどつかれて育ったアホです。
だからたぶん子供もアホが生まれます。絶対オレよりカシコイやつは生まれません。
そんなもんハナから期待しませんし、生まれてからも過剰な期待はせんでしょう。
そして多分、どつきまわしながら育てるでしょう。
子供の教科書見せてもろて、社会教科書の戦争表記に憤慨するでしょう。
一緒に苦手な因数分解も勉強するでしょうし、
地図帳見て「ヒャヒャヒャ!!これみてみ~スケベニンゲンやってよ~なんじゃこの地名~」と笑うでしょう。
リトマス紙の赤→青って酸性やで!・・・いやアルカリ・・やったかな?とのたまうでしょう。
国語教科書の夏目漱石の写真にヒゲを追加したりするでしょうし
エンピツのHBと2Bの使い分け方を教えたり、ネリ消し食ったらイカン事も教えるでしょう。
保健体育の第二次性徴についてシドロモドロになりながら答えたり
「ハシとハシで食べもんをやりとりすんな( ゚Д゚)ゴルァ!!!」と怒鳴ることもあるでしょう。

でもね。
そうやって一緒に勉強するのが教育者(親)のツトメだと思う。

オレはたぶん・・・・・・・

世の中で生きていくのはタフな事だって本当の事をそのまま伝えると思う。
夢のない世界でいかに夢を持ち続けるかって事の大事さを、
どうやってモチベーションを保ち続けるのかという方法を、
与えられた事をこなすって事の意味自体を、教える努力をすると思う。
アホなやつやったら愛情持って「オマエ、アホやな~もうちょっと勉強せえよ」と言うと思う。

まやかしやすりかえで機嫌をとったりするようなマネだけは絶対にせんぞオレは。

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| 妄想バカコラム | 04:55 AM | comments (1) | trackback (0) |
エデさまはよい
゛おとん”になると思いまぁ~すヾ(´▽`*)ゝあーい♪

成り上がりに(*  ̄▽)o□☆□o(▽ ̄ *) カンパァーイッ♪
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